【読書066】「ヒトはなぜ難産なのか―お産からみる人類進化」

ヒトはなぜ難産なのか―お産からみる人類進化」(奈良貴史/岩波科学ライブラリー)

ヒトは難産である。数多の野生動物と比較して難産なのはもちろん、霊長類、類人猿と比較しても、非常に難産であるらしい。それはなぜなのか?

現在の難産の原因を、お産は本来自然現象であるから一人でもできるものなのに、お産の日時を管理するために陣痛促進剤を多用する近代医学のせいだとして、自然分娩に戻るべきだと主張する人がいる。一方で母子死亡率が著しく下がったのは、帝王切開などの医療技術の発達によるものだとして、管理されたお産を積極的に進める医療機関もある。(酈ページ)
今現在、多くの妊婦はこの二つの思想の、あるいはもっと多くの思想の板挟みにあったり振り回されている状況にあるように思える。
そんな中で、ヒトが難産なのかを形態学的な面や文化的な面から解説しているのが本書である。

日本において、江戸時代における飛騨の過去帳の検討から、女性の死因の四分の一以上は難産か産褥死が占めていたと推定されている。(4ページ)
まさにお産が命がけであった時代は非常に長かったということだろう。

陣痛が開始されてから子が誕生するまでの時間を分娩時間とすると、ヒトは初産で平均十五時間もかかる。(5ページ)
これは、他の動物、類人猿と比較しても、特別長いようだ。
室内犬や競走馬など、人間が品種改良を施した幾つかの種で、同様の難産傾向は見られるものの、一般的にヒト以外の生物のお産は、おおむね軽く短時間であるようだ。

2003年現在、フランスでは分娩の63%で硬膜外麻酔を使用している。しかしながら5%の産婦が、痛みの除去が十分ではなかったという。(9ページ)
硬膜外麻酔はいわゆる無痛分娩のこと。それでも痛みを感じるほどの痛み。ここまでくると、痛みで死ねるのではないかとすら思える。というか、そりゃ、死亡率高いわなぁ、と思った。

では、ヒトが難産な理由はなんなのか?

ひとことで結論をいうと、直立二足歩行に適応した身体構造と脳の大きさが主な要因である。(17ページ)
このあとに、形態学的な考察が述べられている。
産道のカーブの問題や頭蓋骨の形状、骨盤の形状などを、難産の理由とされるが、19ページ、ヒトと犬の妊娠時の産道の比較図は常にわかりやすい。

難産のもう一つの原因は脳の大きさであるという。ではなぜ、脳が拡大したのか。
有力な説の一つが、肉食の拡大だ。
体重の3%の重さで、20%のエネルギーを消費する。脳の拡大には相応のエネルギーが必要であり、それを供給したのが、肉食による高蛋白、高カロリーの摂取、中でも肉食動物と競合しない骨髄食である。(48ページ)
骨髄を食すためには道具がいる。骨髄食は道具の使用や手の発達を生み出した。
しかし美味いのだろうか、骨髄食。

100ページ程度という短い本文ながら、文化的、進化的、形態的と様々な視点で良くまとめられた一冊だと思う。

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