【読書182】白蓮れんれん

白蓮れんれん」(林真理子/集英社文庫)

歌人柳原白蓮。本名伊藤菀子(れんこ)。
華族の妾腹の子として生まれながら、九州の石炭王伊藤伝右衛門に嫁ぎ、人妻でありながら、社会運動家で法学士だった宮崎龍介と恋仲になりやがて駆け落ち同然に出奔する。
姦通罪がまだ成立していた時代、天皇の従姉妹であった彼女の出奔は、白蓮事件として、新聞各社を巻き込んだ報道合戦の様相を呈した。
近年ではNHKの朝ドラ「花子とアン」で仲間由紀恵さんが演じたことで知名度を高めた。

本作は菀子が伊藤家のへ嫁ぐシーンから始まる。
子をなし離婚歴があったとはえい、美しく、華族のお姫様であった菀子26歳、対する伊藤伝右衛門は51歳。
金で買われたといっても差し支えのない婚礼である。

そんな婚礼とはいえ、菀子には期待があった。女学校、暖かい家庭、あるいは実子。
しかし伝右衛門には多くの妾がおり、すでに子種はなく、女学校は資金援助をしたものの公立として運営されていた。
その全てを裏切られ、失意のなかで、財力があってはじめての遊び、そして社交に傾倒していく。

伊藤家に嫁いだ後に限っても菀子の人生にはいくつかのターニングポイントがある。

社交の場に馴染んでいくタイミング。
伝右衛門の看病をした時。
そして、宮崎との出会い、出奔。

事実をもとにしたフィクション、不倫のお話であるはずなのに、全体に夫であるはずの伝右衛門の気配が気薄という不思議な物語である。
それだけ、菀子の眼中になかったのかもしれないし、関わり合いを避けていたということなのかもしれない。

不倫であるのに、罪悪感や夫への申し訳なさのような気持ちはあまり感じられない。

菀子の出奔後に伝右衛門はつぶやく。

「あいつは馬鹿な女たい……」
低いおし殺した声で彼は言った。
「俺がなんも知らんと思うちょったのか。全く馬鹿な女たい」
伝右衛門自身、たくさんの妾を抱えて、それが菀子との関係性に溝を作った一因でもある。
そう考えると、身勝手な言い分にも聞こえる。
だけど、伝右衛門や伊藤家、柳原家を悪者にして、話し合うよりも新たな妾をあてがって伝右衛門から逃げながら、伝右衛門が気づいた財を享受する菀子よりは、伝右衛門に肩入れしてしまう気持ちが生まれた。

若い困難な恋のような、純愛物語のような、あっさりとした読後感が、むしろ気持ち悪い作品だった。